私はこの家の主人である。私の優雅な暮らしは自由という二文字がまさに相応しい。
私が昼寝から目覚めて、遅い朝食をとっていた時、アパートの扉が開く音がした。
ドアの方に目をやるとどうやら私のご主人と一緒に住んでいる男が帰ってきたようだ。手には深い青色の小さな紙袋を持っている。なにやら深刻な表情をしているが私が知ったことではない。
男はソファを占領している私を見て顔をしかめ、ため息をついた。いいご身分だと言わんばかりに。
まあ、せかせかと時間に支配されているような人間にこの自由で気ままな生活は理解できまい。理解できたとしてもできないだろう。
彼はダイニングテーブルにその袋を置くと彼女が育てている観葉植物に水をあげ始めた。
男と彼女はもう三年くらい付き合っていてこの一年くらいで一緒に暮らし始めた。私もその時に彼女に連れてられてここに来たのだ。
部屋は白を基調とした部屋で緑が多い。これは自然が好きな彼女によるものだ。部屋の中には植物がけっこうあって、彼は彼女のいない間その管理に気を使っていた。
二人は小さなアパートを借りて暮らしている。彼女はここ最近仕事が忙しいようで、家に帰るなりすぐ寝てしまうことがある。
彼はそんな彼女を支えるために最近家事の勉強をしているみたいだ。
この前、彼は最近カロリーフレンズしか食べていない彼女のためにスイーツを作っていた。彼がキッチンを盛大に汚して作った力作のガトーショコラを食べた彼女はとても嬉しそうだった。私も彼女の笑顔を見て嬉しかった。彼も笑顔になっていた。
彼の努力が彼女に届いたのだ。彼はこれからもっと料理が上手になっていく気がする。
水をあげ終わった彼は、ロボット掃除機の電源を入れた。
こいつは最近入ってきた新入りである。部屋を縦横無尽に移動し、ある程度遊んだところで動かなくなる。していることがイマイチよくわからないが私はこいつに乗って遊ぶをことが好きだ。お神輿に乗っているみたいで心が弾む。
彼は紙袋からこれまた小さな箱をとりだして貝がぱかっと開くようにその箱を開けた。
箱の中には綺麗な石がついたリングが入っている。
なんと素敵な石だろう。夜空に輝く星みたいだ。
彼はそれを取り出してとても真剣な顔で眺め始めた。リングの大きさを確かめているようだ。
この時、私に名探偵が降りてきた。
なるほど。彼はこれから一世一代の勝負に出るらしい。
まあ、私には関係のないことだが。
ごごごごと言う音を立ててあのロボットがやってきた。黒い塊は戦車のようで、私は敵を殲滅するためにそいつの上に飛び乗った。気分は悪と戦うヒーローだ。怪人め! お前をやっつけてやる!
がしがしと爪で引っ掻いて攻撃。パンチ、パンチ、パンチ、またパンチ。
指輪越しに一瞬そんな私のことが見えたのだろう。彼の顔が驚きの色に染まった。急いでこちらにやってくる。
「こら! 乗っちゃだめだって!!」
私は彼女に後でネチネチ言われたくないのでロボットから降りた。あともう少しで倒せたのに。
彼が椅子に座りなおすと、その顔がみるみるうちに青ざめていくのがわかった。
「うそだろ」
彼はテーブルや椅子の下をじっくり見た。テレビの裏やキッチンまで見る。行動から焦りが見て取れる。そして立ち止まったかと思ったら、うろうろうろうろ歩き回る。
どうやら指輪がどこかへ行ってしまったらしい。流石の私もそれは一大事だと思った。人の幸せを踏みにじって笑えるほど私は肝が据わってないのだ。すぐに探し始めた。
すると、ロボットが視界に入ってきた。
あ。
黒光りするロボットの前方に指輪があるではないか!
なんとしてでも指輪をあいつから守らねば!!
私は走った。
そのとき、彼も指輪の存在に気がついた。
私と彼を一直線に結んだところに指輪があった。
彼は誰にも渡すまいと、ものすごい形相でこっちにやってくる。
君はパンをくわえた少女が曲がり角でぶつかる、あの法則を知っているだろうか。
私が言いたいのは、その子が出会うのがイケメンの転校生ということではない。パンはぶつかった後どこにいったのかとか、そういうことでもない。
問題は、その少女はイケメンとぶつかるということだ。
そう。私が言いたいのは、走っているとき急に止まれないということだ。
本当は止まりたかった。なぜなら、彼が指輪をあいつから守ってくれると思ったからだ。私よりも彼の方が指輪に近かったのだし。
気がついたら私は彼にぶつかっていた。
ゴンという音がしたので私は恐る恐る目を開けた。
どうやらロボットが壁にぶつかったらしい。彼に何かあっては彼女が悲しむ。
そういえば私のからだはどこも痛くない。
「ったー。ちょっと降りろって」
彼が私に言う。私はどうやらのお腹の上にいるようだった。彼が守ってくれたらしい。
彼は固く握った拳をゆっくりと開いた。
中にはちゃんと指輪が収まっている。私は安心して彼のお腹から降りた。
よかったよかった。いいやつじゃないか。見直した。
ガチャとドアが開く音がした。
どうやら彼女が帰ってきたようだ。彼はホッとしたようで笑顔を浮かべて彼女の元に行ってしまった。
私が背中を押すまでもなかったようだ。
彼ならば大丈夫だろう。二人ならどんなことでも大丈夫。だって愛の力は偉大なのだから。私はそれを二人を見て嫌という程知っている。
私はロボットの上に乗っかって寝ることにした。あ、そういえば。
私はロボットの電源を切った。
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