高三、夏

「というわけで、私たちの出し物はショートムービー三本だてとなりました~! せんせー決まったよー!」

「決まったからには、皆で協力してやるように。じゃあ、これで今日のロングホームルームを終わります」

 担任は少し気だるそうにそう言うと、そそくさと教室を出ていった。学校の文化祭の出し物についてのロングホームルームは今日で二回目、先週は騒ぎすぎて決まらなかったから今日に持ち越しとなったのがめんどくさかったのだろう。

「あ、放課後設定とか役割のアンケートとるからクラスライン見といてねー!」

 実行委員がテンション高く宣言すると、場はそれだけで騒がしくなった。まあ私は裏方作業に徹しよう、そう決めた途端に騒がしい親友がやってきた。

「多部ちゃーん! 玲奈さんと一緒に女優になろー!」

「えっと気持ちは嬉しいけど、私には無理かなぁ

「えー

 明らかにしょんぼりした顔を見せる玲奈の姿にさっきしたばかりの決心が揺らぐ。誰とでもすぐに仲良くなれる玲奈とは違って私は友達も少ないし、話しかけるのも苦手。そんな私が演技なんてもってのほか。

「多部ちゃん美人さんだから絶対人気出るのにぃ

「そんなことないよ、玲奈の方がいいと思う」

「なんだ、折角たっつーとお近付きになれるチャンスをあげようと思ったのになぁ」 

「え!?」

 たっつーこと深田辰樹くんは私の初恋の人兼片思い相手。クラスの中心人物で、彼の周りにはいつも男子が集まっている。さらには女子にも分け隔てなく接してくれる、優しさの塊みたいな人。お陰で女子はみな密かに「リア恋枠の深田」なんて呼んでいる。中一から高三までひっそり思い続けていたけど、その頃から仲が良かった玲奈だけにはバレていた。玲奈が言うには、私は結構わかりやすい方らしい。気をつけないと

「ちょっと揺らいでるでしょー?」

「べ、別に!?」

「ふーん

 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている玲奈に嫌な予感しかしないが、一旦担任が戻ってきてしまったので席に着く。そのままホームルームが終わるとすぐに聞きなれた通知音がした。元々実行委員の子たちでイメージは固めていたらしく、投票欄には最近流行ったラブコメ作品や誰もが知っているアニメ作品、文化祭にぴったりなホラー作品まで並んでいた。最初にどの作品に関わりたいかを選んで、次に役割を選ぶ仕組みになっているらしい。私は無難にラブコメ班のスタッフを選んだ。

「多部ちゃ〜ん、ホントにいいの〜?」

「いいの、私は同じクラスなだけで幸せだから」

「ん〜じゃあ玲奈さんもラブコメのスタッフにしよっと

 このように、事態はまだ丸く収まっていたのだ。

 三日前までは。

♢♢♢

「ねえ玲奈! 監督になって私をラブコメの主演に推薦したなんて聞いてない!」

「当たり前でしょ? 言ってないもーん!」

「も〜! まさかこれで決定じゃないよね!?」

「昨日の夜決定してしまいましたー! 残念ー!」

 なんと、玲奈はスタッフと言っても監督に立候補していたのだ。そしてその権限をフル活用して私を主演にゴリ押ししたと言う。さらに相手役は

「たっつーオッケーしてくれてよかったね〜、最後の文化祭なんだからバシッと決めないと!」

「なんでそんな準備万端なの

「応援してるからだよ!」

「謎に胸張ってドヤ顔で言われても

 決まってしまったことはしょうがないと、何とか気持ちに区切りをつける。それにしても、何で深田くんはオファー受けてくれたんだろ

「あ、今日放課後顔合わせてストーリーと撮るシーンの確認、ちょっとした台詞合わせするからよろしく!」

「え、今日!? ちょ、ちょっと心の準備が

「だいじょーぶ! 玲奈さんに任せなさい!」

「えぇ...」

 微かな期待と大分の不安を抱えて放課後を待つ。お陰で授業に全く集中できなくて、これは家帰ったら復習の時間倍に増やさなきゃなぁ

 そうこうしている内に放課後になってしまい、気付いたら私の真横に深田くんが座っていた。玲奈に目線で訴えかけても、

「真正面よりかはいいでしょ?」

と悪戯な笑みを浮かべただけだった。好きな人が隣に居る、たったそれだけで心がこんなに騒ぎ始めるなんて知らなかった。この鼓動が深田くんに聞こえてなけりゃいいけど。

「それでは、打ち合わせを始めまーす! まず一人一人からご挨拶! 多部ちゃんからね!」

「あ、はい! 多部伊織です。玲奈によって何故か主演になってましたが、決まった以上は頑張りますので、よろしくお願いします」

「ありがとー! 次、たっつー!」

「俺? 深田辰樹、多部さんと一緒で気づいたらこの役になってた。まあやるからには良いものにしたいよな! 頑張ろうぜ!」

「たのもしー! じゃあ次は...」

 一周したところで台本に似せたプリントが配られた。私と深田くん演じる幼馴染みがカップルになるまでを描いた、ごく普通の台本。途中、深田くんと仲の良い稲本くんが友人役として、恵比寿くんがライバルで後輩役として出てくるらしい。玲奈も私の友人役としてちょいちょい出演するんだとか。

「多部ちゃんモテモテじゃん!」

「玲奈がそうしたんでしょ?」

「でも、ホントに多部さんモテるよね。男子の間では結構有名だよ? 『高嶺の花の多部さん』って」

「あ、玲奈もそれ聞いたことある!」

 え、初めて知ったんだけど......!? でも、私今まで告白とかされたことないけどな......ってか、玲奈知ってるんだったら教えてよ!

「ねえねえ、たっつーは多部ちゃんのこと美人だと思う?」

「ちょっ、玲奈!? 深田くん答えなくていいからね!」

「美人だと思うよ?」

「へ!?」

「これマジな話、うちのクラス......いや、学校でもでトップレベルだと思う。なぁ稲本、恵比寿」

「おう、前はバスケ部の先輩の中でもちょくちょく話題になってた」

「今の後輩も結構話してますよ? めっちゃ美人な先輩がいるって」

 いきなりの暴露に思考回路がついていかない。私の知らないところでどれだけ噂が一人歩きしてるんだろ? っていうか、深田くんに美人って言われた......!

「ねえ多部さん大丈夫? 顔真っ赤だけど」

「大丈夫! 気にしないで!」

 顔中に集まった熱を冷まそうとパタパタと下敷きで仰ぐ。玲奈はこっち向いてこっそり小さくガッツポーズしてる。

「さてと! じゃあシーンの確認なんだけどね......」

♢♢♢

「はぁいカットー! 次は恵比寿くんと多部ちゃんのシーンだけど、その前にちょっと休憩〜!」

 あれから撮影は順調に進み、もう中盤まで差し掛かってきた。今日は恵比寿くん演じる後輩に告白されるシーン。学園感出すために外でも撮ってるけど、なかなか暑い。

「多部さん、これ水です。飲んでください」

「ありがとう、恵比寿くんもちゃんと水分とってる?」

「さっき飲みました。今日は最高気温三十五度だそうです」

「天気予報で見た、大変だよね......」

 撮影が進むに連れて、男子とも他愛ない会話ができるようになってきた。特に恵比寿くんとは同じシーンの時が多かったからよく話してた。恵比寿くんってクールな見た目してるのに案外抜けてたりだとか、おっちょこちょいだったりとか、かわいい一面がたくさんある。

「二人とも~! スタンバイお願い~!」

「はーい! じゃあいこっか」

「お手柔らかにお願いします」

「こちらこそ」

 恵比寿くんはイケメンだから、なんか緊張してきた。こんなイケメンに告白されるなんて中々ないもんな......。

「いきまーす! よぉーい、アクション!」

「先輩のことが好きです。俺と付き合ってくれませんか?」

「......っ、ごめんなさい! 私、好きな人がいるの」

 私が告白を断って、気まずくならないうちにその場を立ち去る。そして恵比寿くんの表情が抜かれたところでカットがかかる。映像を確認しても、おかしな所は見当たらない。

「恵比寿くんの表情良かったよ! 玲奈さん次たっつーだけのシーン撮らなきゃいけないんだけど、ちょっと台詞変えたいから先に二人で小道具教室に運んでおいてくれる?」

「いいよ」

「わかりました」

「頼んだよー! 私多分教室近くの廊下辺りにいるから、なんかあったら声かけて!」

 この暑い中ピョンピョン跳ねながら移動する玲奈はすごいわ。見てるだけでもこっちがうだってしまう。

「佐原さん元気ですね」

「いっつもあんな感じだから」

「確かにへばってるとこ見たことないかもあ、それ俺運びます」

 自分から積極的に重い物を持ってくれる恵比寿くん。顔良しスタイル良し性格良しって評判だから、モテるんだろうなぁ。

「いや、好きな人にモテないから意味ないですよ?」

「え?」

「バリバリ声に出てます」

「うそ!?」

 心の声が聞こえてたのかと思うと、結構恥ずかしい。でも、恵比寿くんが言うこともわかる。私も深田くんに振り向いてもらえなきゃ意味ないもん。

「でもさ、恵比寿くんって好きな人いたんだ」

「俺だって普通の高校生ですから、恋愛くらいしますよ。それよか、いいんですか? 深田くんに思い伝えなくて」

「うっ......なんでバレてるの?」

「わかりやすすぎです。多分このメンバーで気づいてないのは深田くん本人だけですよ?」

 そこまで私って分かりやすいのか。自分に呆れてきた。これからは目線にも気を配らないと。そういえば、深田くんと目が合いそうになって必死にそらしたのも何回かある。

「ほら、早く。まだ廊下辺りで佐原さんと台詞について話してると思いますよ」

「い、今?」

「誰かにとられてもいいんですか?」

「うぅ......」

 元は告白するつもりなかったけれど、恵比寿くんのお陰でする勇気が持てた。誰かに取られるって聞いて、深田くんの隣に私じゃない誰かがいることを想像するだけでも心が痛くなる。......よし。

「恵比寿くんありがとう」

「頑張ってください」

「フラれたら慰めてくれる?」

「大丈夫ですよ、きっと成功します」

「......わかった、行ってくるね!」

 私は小道具の入った袋を持って駆け出した。走っている内に、今までの不安やもやもやが風と共に流れていく。制服では多少走りづらかったけれど、そんなの気にならないくらい夢中で走った。

♢♢♢

「かっこよく送り出したはいいものの、お前の失恋は決定したわけだな、恵比寿」

「稲本くん

「後でなんでも話聞いてやるよ」

ありがとうございます」

♢♢♢

 教室には誰もいなかった。やはり廊下にいるのかと小道具だけ置いて探そうとすると、うちわで仰ぎながら深田くんが入ってきた。

「多部さんどうしたの?」

「えっと、小道具置きにきたの。深田くんは?」

「佐原がいい感じに仕上げたいから教室で待っとけって。置きに来ただけのわりには息切れてるし汗かいてるし、何かあった?」

「なんもないけど、ちょっと走ってきたからかな」

「え!? この暑い中よく走ってきたね!?」

 深田くんは持ってたうちわで私を扇いでくれた。さっきとはまた違った柔らかい風が、私の体の熱を冷ます。大分落ち着いてきた頃、深田くんは窓から外を覗き出した。

「多部さんってさ、確か天気詳しかったよね?」

「え? まぁちょっとね」

「じゃあさ、飛行機雲できてる時って次の日の天気どうなるんだったか覚えてる? 今出来ててさ、ほら」

 深田くんが指し示した方向には綺麗な一筋の飛行機雲が空を二分割していた。飛行機雲は確かできる原理が二つある。一つは飛行機の排気ガスが元で生まれるもの、もう一つは高速で移動する飛行機の後ろ側で気圧が下がることで氷の粒ができるもの。

「この飛行機雲って、朝からずっと残ってる?」

「うん、今日の撮影の間はずっと見えてた」

「なら、天気崩れちゃうかも。消えないってことは上空の空気が湿ってるから、雨とか降りやすいんだ。逆に早く消えると、晴れが続くことが多いんだよ」

「へぇ~」

 頷きながら感心している深田くんは空を見ていたあと、ゆっくり口を開いた。

「なんか、俺の心に似てるかも」

どうして?」

 嫌な予感がした。行動を起こす前に言われるのは嫌だけど、口が勝手に理由を聞いていた。

「俺さ、中学の頃から好きな人いるんだ。今回初めて同じ班になれて、よっしゃって思ってた。だけど、相変わらず話しかけられなくて。俺がちゃんと行動起こせば、その心も晴れるんだろうけどね」

 ......いたんだ、好きな人。同じ班の女子は私や玲奈以外にもいるし、私じゃない確率は高い。せっかく恵比寿くんに勇気づけてもらったのに、その勢いは失われてしまった。

「多部さん?」

ぇ、あっ、どうしたの?」

「いや、なんか急に悲しそうな顔してるから」

「ごめん......」

 いけない、顔に出やすいから気を付けようとしてるのに、うまく表情が作れない。深田くんの前で泣いて困らせるわけにはいかないから、とっさに顔を下に向ける。

ねぇ、多部さん」

「何?」

「俺に好きな人がいるって聞いて、そんな悲しそうな顔するんだったらさ自惚れてもいい?」

「へ?」

 深田くんは大きく深呼吸したあと、まっすぐ私をとらえてこう言った。

「多部伊織さん、あなたのことが好きです。役とかじゃなくて本当に、俺と付き合ってくれませんか?」

 

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みんなの感想

ニックネーム:ゆりりん

性別:女性

区分:中学生

感想:最高でした!!!恵比寿くんめっちゃいいやつですね!!!最後、多部ちゃんの六年の片思いが実って本当に良かったです。感動しました!