高校一年生の学校生活にもようやく慣れてきた、そんな時に夏休みはやってきた。
今年は休みの日が少ないらしい。けれど俺達にはどうすることもできない。俺はただ、ひたすらに限られた夏休みを満喫することしかできない。
「呼ばれた人は前に来るように。えっと英」
先生が生徒の名前を呼んでいる。が、何で呼んでいるのか話を聞くのを忘れてしまった。
まあ、俺は呼ばれな︙︙。
「往国」
呼ばれた。
え、俺?
先生が手招きをする。急いで席を立ち教卓の方に行く。
招かれてるのは俺と英さんの二人だけ。
「英と往国は世界史の補習だから。この紙よく読んで明日からの学校ちゃんと来てな」
俺は担任の山形先生が持っている紙を凝視した。
世界史赤点者のための補習。
俺は山形先生を見た。先生はただ頷くのみ。
「頑張れよ。往国」
「あ︙︙はい」
席についた時にようやく思い出した。
俺赤点じゃん。しかも今回再試ないから補習あんじゃん。
呆然としてると隣の席の三吉が紙を覗き込んで言った。
「ファイトだよっ!」
︙︙男のぶりっ子ポーズ。
圧倒的にこちらを見下しているその言動にこめかみがピクピクする。そして吐き気。
「三吉」
山形先生が三吉を呼んだ。
三吉は山形先生からプリントをもらうと振り子のようにふらふらとこちらへ戻ってきた。俺はその間笑いが止まらなかった。
俺は三吉が席に座ると心の底からの言葉を送った。
「ざぁまあああぁ!」
三好がこちらを睨みつける。
「そういうお前だって世界史で補習だろ!? 世界史で補習なんてあり得ねーから」
「あ? お前だって補習じゃねーか。自分のこと棚に上げてんじゃねぇ!」
「往国、三吉うるさい」
「はい」
二人の声が重なる。先生に怒られた後も俺と三吉はメンチを切り合っていた。
「そういえば英語の補習受ける人多いんだな」
俺は三吉に話しかける。山形先生は生徒の名前をまだ呼んでいた。教卓付近では呼ばれたクラスメイトが先生からプリントをもらっている。その度にため息をつくのが面白い。
「そりゃあそうだろ。だって英語だから。俺たち日本人だから」
俺はその言葉に頷いた。
「俺も英語ギリギリだったからな」
「しかもここの英語のテストは難しいったらない。テスト形式、ありゃ鬼だろ」
「激しく同意」
「でもなんでまた世界史で補習なんだ?」
「ああ、それはだな。世界史のテストと同じ日に古典があっただろ。そっちがやばすぎて。それで古典優先してたらこんなよ」
俺は肩をすくめた。
「でも、中間の方はまあまあいってたんだけどなー。まあ、古典赤点よりはましかな」
「なるほど。じゃあ英さんはなんでなんだろうな」
三吉は英さんのほうを見た。
真面目でいつもしっかり授業を聞いてるイメージの英さん。どういう理由で赤点になったのだろうか。不思議だった。
「英さん、真面目なのにな。うーん。俺にはよくわかんね」
「往国はわかるが英さんは謎だな」
「おいおい」
ぺらぺら喋っていると前からプリントが配られてきた。夏休みの過ごし方について書いてある。うんざりするくらい繰り返されたその話題を俺は話半分に聞いた。
「さよーならー」
山形先生がそういうとみんなが一斉に席を立つ。がやがやとした教室になった。急いで部活へ向かう者、自習しようとする者、帰りに寄り道しようと誘う者。様々だった。
「じゃあな、往国。補習頑張れよー」
「おう。お前もなー」
校舎を出るとセミの声がうるさかった。
次の日俺は遅刻ぎりぎりだった。
いつもと違う時間割だと思って油断していた。三段飛ばしで階段を駆け上がる。
勢いよくドアを開けるとそこにはもう世界史担当の町田先生と目をまん丸にしてこちらを見ている英さんがいた。
「危ないなー。往国」
町田先生はうちわをぱたぱたしながら言った。それが羨ましい。
「セーフ」
椅子にどっかり座りカバンを下ろす。
「センセー、俺にもあおいでくださいよー」
「遅刻ぎりぎりにきたのが悪い」
「えー。もしかしなくても先生ケチですか?」
「自分でやるんだな。でも、もう授業始まるから」
俺はシャツの隙間から手で風を送る。もちろん風は来ない。
英さんは俺と町田先生との会話を聞いてすこし笑った。
英さんと目が合う。
英さんは目があったことに驚いたのか目線を逸らした。けど俺は英さんから目を逸らせずにいる。
俺の額から汗が流れて落ちた。
「よーし。時間だ。はじめるぞ。英、号令」
授業は雑談から始まった。この夏どこに行く予定だったとかどこか行くとこ決まってるのとか。今海外行けないけれど行けるとしたらどこに行きたいかとか。その他諸々エトセトラ。
「わたしあんまり飛行機得意じゃないですけど、旅行ってなったらわくわくして全然怖くない気がします」
英さんが言った。
「あーそれ分かるかもなー。先生も初めて外国に行くってなった時ずっとそわそわしてたしな。海外行くのはいいぞ。若い時に行った方がいい」
町田先生は腕を組んでうんうん頷いた。
「センセー、おじさんくさいこといいますねー」
「いやおじさんだから。こっちはもうとっくに」
和やかなムードで授業は進む。
俺が予想してたよりこの補習、楽しいかも。
「あ、もう時間だな。黒板消してくれるか? お願いなー」
そうこうしてるうちに授業が終わった。
英さんが黒板を消し始めたので慌てて俺も一番端から消しはじめる。
「そういえば英さんってノリがいいんだね。ちょっと意外」
言葉にした瞬間しまったと思った。
傷つけてしまっただろうか。
「ほんと? なんかちょっと嬉しいかも」
英さんは笑顔で言う。顔半分は隠れているけれど目と眉が優しく丸くなっている。
「うん。すごい授業楽しかったし」
「わたしも楽しかったな」
俺は手を止めて疑問に思っていたことを言った。
「英さんってなんで補修になっちゃったの?」
英さんは変わらず黒板を消している。
「あ、いや。別に言いたくないんだったら聞かないから」
俺は黒板消しを手に取る。消すスピードが速くなる。
「いや、そうじゃないんだよね」
英さんは黒板消しを置いた。
「ちょっとやらかしすぎちゃって恥ずかしくて」
英さんは俺の目を見た。一呼吸おいて話し始める。
「実はわたし、世界史のノート前日に学校に置いてきちゃって。でも気がついたのが夜だったんだよね。わたし古典がやばかったからずっとそっちにかかりっきりで。友達に連絡しようかなって思ったんだけどもう遅いからって寝ちゃって。朝一に学校に行って勉強した時間と今まで勉強した分でなんとかしようと思ったんだけど、ダメだったんだ」
恥ずかしそうにしていて英さんは顔をあげない。
「そうだったんだ」
英さんは弱々しく首を縦に振った。なるほど。合点がいった。
「英さんのことだから点数あと少しだったんだろうね。でも古典やばかったなんて驚いたな。俺と同じ」
「そうなの?! 往国くんもそうなんだ」
「そう。全然わかんなくて。特に問二がさ」
「わかる。わかる」
英さんは神妙な顔で大きく頷く。俺はそれがおかしくて笑った。
「英さんっ。その眉毛は反則」
そしてお互いに笑い合う。
一息つくと俺はまだ黒板を消し終わってないことに気がついた。英さんも黒板消しを手に取ると作業に戻りはじめる。
「英さんって英語の英ではなぶさって言うんだね」
「そうだよ。みんなはじめ読めないみたい」
「はじめはちょっと驚いたけどカッコいい名前だよね」
「往国くんもそうだよ。ゆきぐになんて初めて聞いたよ。いい名前だね」
「そう︙︙かな? 俺ははなぶさの方がいいな。でも英さんに合ってると思う。すごく」
「ほんと? 嬉しいな。ありがとう。よし。これで終わりでいいかな?」
黒板を見ると文字があった形跡さえない。まるで新品だ。
「手伝ってくれて、ありがとう」
「いえいえ、俺の方こそ」
英さんが教室を出て行った。
俺一人になる。きれいになった黒板をしばらく眺めた。
人がいなくなった後の教室がなんだか寂しく思えて俺も足早に教室を出て行った。
♢♢♢♢♢♢
二日目の授業が始まった。
「最終日はテストだから。今日入れて四日しかないけど頑張って。テスト範囲はこの補修でやったこと全部」
「えーー。ほんとですかそれ? えーー聞いてないーー」
「今言ったろ。だってしょうがないだろ。二人とも赤点とって補修なんだから」
そう言われたら何も言い返せない。
「まあ、先生も丁寧に教えるしわかんないとこあったら聞いて」
授業が始まった。
俺は英さんのことを目で追ってしまう。俺は昨日の楽しかったあの時間を思い出していた。
艶やかな黒髪。きりりとした目だが笑っている時はその目は優しいカーブを描く。
姿勢が良いのを見て俺はいつも崩れた格好で授業を受けているなと思った。授業中眠ってしまう俺とは大違いだ。スカートが周りの女子より一、二センチほど長いのも彼女らしい。
「往国。往国。何ぼーっとしてるんだ。ほらこっち」
先生が俺の方を見ている。英さんも心配そうにこちらを見ている。
「あ、ああ。すんません」
授業が再開しても町田先生の声が少し遠くに聞こえた。
授業が終わった。
今日も英さんは黒板の文字を消す。
「英さん。俺もやるよ」
「ありがとう」
英さんが微笑む。
「英さんって授業中寝ることあるの?」
「わたしだってあるよ。眠い時ぐらい。五時間目とかは特にね。あと、先生の説明もときどきうつらうつらしちゃうかな。往国くんは?」
そういう英さんは少し恥ずかしそうだ。
英さんでもうつらうつらしちゃうことあるんだ。意外。親近感わいちゃう。
「俺は結構いつも眠い感じ。夜更かししすぎるのがよくないのかもしれないけど」
「何してるの? 夜まで」
「ゲームとかかな」
英さんは目を輝かせた。
「どんなのやってるの?」
「えーーっとね。最近出たやつ。これ知ってる?」
俺は携帯電話を出してゲームの写真を見せた。
「あー。これ知ってる! おもしろいんだよね?」
「そうそう。そうなんだ」
「羨ましいなー。そういえば往国くんってゲームが好きなんだっけ? たしか自己紹介で言ってたよね」
「え? そう? うーん。言ったかもしれないけど。ごめん。あんまり覚えてない」
俺が言うと英さんは手をひらひら振った。
「全然大丈夫だよ。気にしないで。これで黒板きれいになったね。じゃあまた明日!」
英さんは控えめに手を振った。
俺は手を挙げてそれに答えることしかできなかった。
帰り道。
俺は英さんのことを考えていた。楽しい会話があそこで途切れてしまったこと、彼女はどう思っているのだろうか。
自己紹介があったこと、それ自体はしっかり覚えているのだがその場で何を言ったのか忘れてしまったというかわからない。というか言えなかったんだと思う。最近自分の好きなことが何か自分でもよくわからない。
新学期はなにかと質問が多い。一年生なんて特にそうだ。
「好きな食べ物は何?」「趣味は?」「好きなものは?」と、聞かれたとき俺は困ってしまう。
俺はあまり自分のことがよくわからない。
さっきまでやっていた携帯ゲーム。好きなのか嫌いなのかわからない。どっちなんだと聞かれたら多分どちらでもないと思う。最近やり始めたゲームは楽しいし面白い。だから多分好きなんだと思う。けどログインだけしかやらなくなったゲームは? 好きなのか嫌いなのかわからない。
質問されたあとは決まって角が立たないような答えを出す。自己紹介の時の俺はゲームと言ったそうだ。
聞いてきた人はこちらの気持ちが分かるのか「そうなんだね」というばかりでこれ以上は深くは掘ってこない。俺は胸を撫で下ろすのと同時に少しだけ寂しくなるのだが何もできない。そして、自分の本当に好きなものはさっきの答えなのかと後になって思う。
どのくらい楽しかったらどのくらい面白かったら好きと言っていいのだろう。
どうやら俺は好きという感覚を忘れてしまったようだ。
「好きって感覚かー。往国はだれか好きな人がいるのか?」
「いえ︙︙。別にそうじゃないですけど」
いつもよりずっと早く学校に来てしまったのだが町田先生がもうすでに教室にいた。
「先生答えてくださいよ。わからないことがあったら教えるって言ってくれたじゃないですか」
「うーんそうだな。先生は楽しいことが好きかな。映画見るとか、趣味のフットサルとか」
「先生はどれくらい楽しかったら好きって思うんですか?」
「直感だな」
「︙︙直感ですか」
「本能的にわかるというか、小さい頃から好みはあんまり変わってないと思う。人によってこんなのが好きなのって言われることもあるけど好きなんだからしょうがないよな。それしてる時最高に楽しいから」
「でもずっとやってたら飽きません? それでも好きなんですか?」
俺がふざけて質問していないことを察したのか先生は優しく諭すように言った。
「そりゃ飽きるさ。何事もな。同じことをやり続けてたらなんでも飽きる。でも、ふと思い出したようにやりたくなる時がくるし、その時にはやっぱり好きだなって感じる。ということは飽きている間もずっと好きなんだよ。意識していないだけで」
「わかるような、わからないような?」
「大丈夫。大丈夫。わからなくてもいいんだよ。これは先生の考え方だし。決め方なんてなんでもいいんだよ。消去法でも。嫌いなもの消していって最後に残ったものが好きなものってことで。だけど好きなことが一つでもあると苦しい時それが救ってくれるからあった方がいいとは思う。先生は最近気がついた」
「うーん︙︙?」
「あ、今度おすすめの映画教えるから見てみてくれ。もしかしたら好きになってくれるかもしれないからな」
「え! それどんなやつですか? どういうジャンルですか?」
突然がらがらという音がして英さんが入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう。英さん」
「英。好きってどういうことか考えたことあるか?」
「ちょっと先生!!」
英さんになんでそんなこと聞くんだ! 先生!
英さんは考え込む。
「わたしは︙︙。恋に落ちることだと思います」
「恋か︙︙。なるほど、たしかに︙︙そうかもな」
先生は大きく頷いた。そして腕時計を見て言った。
「授業始めるぞー。英、号令」
「往国くんと先生、わたしが着く前何話してたの?」
英さんはいたずらに聞いた。
俺はちょうど黒板の4分の1くらいを消し終わったところだった。
「えっ! えーと。好きな映画の話だよ。なんか先生のおすすめの映画があるみたいで今度見てみてって感じ」
「へえーどんな映画なんだろう? 気になるなー」
「英さん映画好きなの?」
「うん好きだよ」
「今度英さんの好きな映画のことも教えてよ」
「いいよ。気に入ってもらえるかわからないけど。あ! もう部活の時間だ」
「いいよここは俺に任せて」
英さんは黒板消しを置いた。
「ごめんね。明日はわたしちゃんとやるから」
「いいよ。いってらっしゃい」
「うん! ありがとう。行ってきます!」
満開と呼ぶのにふさわしいほどの輝く笑顔。弾んだ声。俺は少しその余韻に浸った。
黒板を見ると半分以上英さんが消していた。しかもすごく綺麗に消されている。
俺は英さんに負けないように残ったところを力を込めて消した。
「好きって感覚は恋に落ちること」
英さんの言葉を口に出して言ってみる。
俺にはその感覚がいまいち掴めない。
思えば最後に恋したのはいつの話だっただろうか。
英さんの好きなこともっと色々聞いてみたいな。英さんは何に恋してるのだろう。
じゃあ俺は?
♢♢♢♢♢♢
次の日授業が終わると英さんは今日はわたしがやるよと言って黒板消しを持った。
「英さんって綺麗に黒板消すよね。何かコツとかあるの?」
すると英さんはくるりと振り返った。
「コツはね︙︙︙︙」
そして消す作業に戻る。
「ないっ!」
「ないんか︙︙!」
英さんは笑った。
「黒板って意外と大きいから。力入れないとちゃんと消せないんだよね。横幅三メートル六十センチあるんだって。端から端まで。だからとにかく力を入れて消す!」
「なるほど、とにかく力を入れて。へえ、黒板三メートル以上あるんだ。少し意外かも」
「そうだよ。わたしがいるところと往国くんがいるところで360センチ」
「でも今英さんが消してるからそれよりはもっと近づいているか」
「あれ。気がついたらこんなに消してた。結構距離近くになったね」
俺は黒板を見る。綺麗に消されてる。これがただ力を込めてるだけ、か。
「綺麗に消すの何か理由とかあるの?」
「前の先生の字うっすら見えてたら次の先生嫌なのかなって思って。あと一回で綺麗に消せると気持ちいいから」
「それわかるな。昨日一発でいけたときやったって思った」
「なんか楽しくなるよね」
楽しんでいる英さんはこんなに生き生きしてるのか。
自分より小さい背中を見て思った。
綺麗に消し終わるとこれで終わりと英さんは手を叩いた。
「あ、そういえば。明日テストだね。帰って勉強しなきゃ」
「あ、そうだ。俺もしなきゃ」
「お互い頑張ろ。じゃあまたね」
「うん。また」
英さんが教室から居なくなって何分か過ぎた頃だった。そろそろ帰ろうとした時俺の手に何かが当たった。ノートだった。俺が寄りかかっていた机の上に置かれていたらしい。しかもこれは英さんの。
俺はノートを持って駆け出していた。
英さんはどこに!?
廊下を全力で駆け抜ける。
授業中たくさんメモをとっていた英さんのノート。俺が寄りかかっていたからわからなかったのか。明日はテスト。ちゃんと届けないと。なんとしても英さんを見つけて届けないと。
校舎を出たところに英さんはいた。
「英さん!!!!!!」
英さんが振り返りぎょっとした様子でこちらを見る。
「どうしたの? 往国くん? 大丈夫? 息が」
「大丈夫、大丈夫。いつも驚かせちゃってごめんね」
「そんなこと全然っ!」
「あ、英さん」
俺は英さんにノートを渡した。
「これ、置いてってたから」
英さんはノートを抱きしめた。
「ありがとう。本当にありがとう。また同じことが起きるところだった。往国くん、優しいね。ほんとにありがとう」
心臓の音が大きくなる。速くなる。
「ううん。全然。テスト頑張ろ。お互い」
俺は精一杯言葉を絞り出した。
「うん。ありがとう、往国くん。頑張ろうねお互い。ほんとにありがとう。またね」
「また明日」
英さんは大きく手を振った。
俺はプツンと糸が切れたようにその場に座り込んだ。
好きということは恋に落ちること。
俺の頭の中でその言葉がぐるぐる回る。
顔が熱い。
♢♢♢♢♢♢
テストがあるため俺は少しだけ早く家を出た。電車の中でノートを広げるも何故だか集中できない。いや、集中できない理由は知っている。でもそれを意識すると顔がにやけてしまいますます集中できなくなる。
堪えるんだ俺︙︙。テストに集中。
教室のドアを開けると英さんがいた。先生はまだ来ていない。
「お、おはよう」
声が裏返る。
「おはよう。往国くん」
仕草はぎこちなくなってないか。大丈夫か俺。こういう時素っ気ない態度とる人とか逆に意地悪しちゃう人とかいるらしいけど俺にはそんな高等技術できない。ただ緊張の糸でがちごちに縛られている。
「往国くんはどのあたりがテストに出ると思う?」
「へっ」
英さんからの突然の質問。間抜けな声が出てしまった。
動揺したのバレてないか?
「こ、ここかな? 事件の名前とか聞いたことある人の名前たくさん出てきてるから」
「あー。なるほどね。わかる、わかる」
英さんは神妙な顔で頷く。
その眉毛に見覚えのあって俺は笑ってしまった。お陰で少しリラックスできた。
「往国くん大丈夫? テストで緊張してる?」
「うん。もう大丈夫。ありがとう英さん」
俺が言うと英さんは親指を立ててグッドサインを出した。
「わたしはここが出ると思うな。ここの戦い」
「ここも重要だと思うな俺的に」
二人でテスト対策をする。ときどき英さんと目が合う。てっきり英さんはすぐ目を逸らすのかと思ったけどそんなことなくて俺は少し驚いた。と同時に天にも昇る気持ちになる。
ガラガラと教室のドアが開いた。町田先生が入ってくる。
先生がテストを配り言った。
「じゃあ三十分で解けよ。始め!」
「はい。終了」
先生がテストを集めてその場で丸付けしていく。
「確認したところたくさん出たね」
「うん。いい点取れるかも。ありがとう往国くん」
「えーと。テストの結果を発表する︙︙」
「は、はい」
空気が張り詰める。
「二人とも︙︙二人とも合格だ! 満点!」
先生から返されたテストには確かに100点と書かれていた。
俺は英さんを見た。
「やったね!! 往国くん!」
「ありがとう!! 英さん!」
「イエーイ!」
ハイタッチをしようとしたが急ブレーキ。
「できないんだったね」
「そうだね」
「二人ともすごいな。よくやった!」
「先生のおかげですよー」
「わかりやすいお世辞だな。お世辞でも嬉しいけど」
「いや、ほんとに先生の教えすごいよかったですよ。いろいろありがとうございました」
「照れるな、なんか。でも︙︙」
先生はテストの点数をまじまじと見る。
「二人して百点か。頑張ったんだな」
英さんを見つめる。
「英さんと確認したところが沢山出て。英さんに感謝ですね」
英さんは首を横に振る。
「わたしは全然してないよ。わたしの方こそ往国くんにお礼が言いたい。ありがとう」
「じゃあ。先生は職員室行くから。二人ともちゃんと帰るんだぞ」
「はい」
先生が教室からいなくなった。
「あ、今日は黒板消さなくていいんだね」
テストがあったから何も書かなかった黒板。切ない気持ちが広がる。
「じゃあ、わたし帰るね」
「英さん」
心臓の音がうるさい。
「うん?」
「携帯の番号交換しない?」
英さんが俺の目を見る。
「今度ノート忘れることがあったら俺のこと頼ってほしいなって。俺夜遅くまで起きてるから全然迷惑とかじゃないし。困ったことがあれば相談に乗るから。あと、英さんが好きな映画の話も聞きたい。英さんのことたくさん知りたいって思ってるから。だから︙︙」
「いいよ」
英さんは笑った。
「そうだね。今度は往国くんに頼ろうかな。映画の話もいいけど今度一緒に映画行くなんてどう? 最近私気になる映画があって」
英さんは目を輝かせて言った。
映画よっぽど好きなんだろうな。
「え? 一緒に?」
「うん。一緒に」
頭がクラクラする。展開がこんなに早いなんて聞いてない。
でも、笑っている英さんを見るとこちらまで笑顔になる。好きなこと話している彼女を見ると嬉しい。彼女のことたくさん知りたいし話したいことがたくさんある。
この人のことが好きだというしっかりとした感触。
これが好きって感覚。
あたたかくて楽しくてちょっぴり苦しいかもしれないけど、でも嬉しい。
俺はそんな感覚をこれから味わっていくのだろうか。
期待に胸が高鳴った。
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