「そこでなにをしているんだ?」
とあるアパートの一室。スーツ姿の男が部屋の中で黙々と作業している男に向かって声をかけた。
「あれ? クロードじゃん。どうしてここに?」
「俺の話を聞け、セオ。俺は、お前の部屋の明かりがついていたから気になってだな」
「へぇーそうなんだ。もう少しでできるからちょっと待っててねー」
「だから、お前はなにをやって」
クロードは開け放たれたドアに寄りかかりセオの作業の様子を見ていた。
セオとクロードは十年来の親友である。クロードは、なにかと事件を起こしたりするセオのお付け目役というか、セオのお守りをさせられていた。
今でもその感覚は抜けず、こうして度々、何か事件を起こしていないか確認にくるのだ。
「そういえば、クロードはちゃんとお仕事しているの?」
セオはクロードの方を見ないで言う。
「当たり前だろ。お前じゃないんだから」
「でも、お国を守る仕事も大変だよねー。上の人間だからって下の人をこき使っていいわけじゃないんだよ」
「それはわかってる。だから、ここに来るまでの間、いつもの五倍以上の仕事をした」
「へぇ。偉いね。さすがエリートクロードくんだ。ところで」
セオは椅子をくるりと回転させてクロードの方を向いた。
「願い事、あったりする?」
「俺の願い事?」
「そう」
セオはにっこりと笑う。そして、また作業台の方を向いた。
「今していることに深く関わってくるんだ」
「なら、俺じゃなくてもっといい奴いるだろ。隣の部屋のやつとか」
「あーだめだめ。あの人の願いはもう分かりきってるから。予測できない人のがいい」
「俺はその予測できないやつってことか」
「そゆこと」
「そうだな︙︙」
クロードは腕を組んで考える。願い、願い。今、俺がしたいこと。
「運動したいな」
「え、運動? ぼくはヤダな」
「お前、聞いといてそれか?」
「うーん。聞き方が悪かったみたい。じゃあ、今から三つ単語を言うから好きなの一つ選んでね。直感でいいから」
「よくわからないがわかった」
「じゃあ、始めるね。雲、虹、星」
「虹だ」
それを聞いたセオは作業台でなにかをし始める。
「風、火、水」
「風だ」
「たんぽぽ、朝顔、薔薇」
「たんぽぽ」
「コーヒー、紅茶、抹茶」
「コーヒー」
「洋梨、パイナップル、グレープ」
「洋梨」
「真珠、ガーネット、オパール」
「オパールだ。これいつまで続けるんだ?」
「これで最後だから。可愛い子、綺麗な子、優しい子」
「優しい子。って最後の何だ!」
「へぇー。優しい子が好みなんだねー」
セオは意地悪く笑う。
「よし。これで完成だ。クロード一緒に来て」
セオは立ち上がって部屋を出て行く。慌てて追いかけるクロード。セオの手には小さな小瓶が三本あった。それぞれ、黄色、水色、そして、空の小瓶。
セオはどうやら屋上に向かっているらしい。屋上の扉を開けると涼しい風が入ってくる。空には無数の星空が輝いていた。
「じゃあ、始めますか」
セオは水色の小瓶の中の小さい砂のようなものを片手に移した。
次の瞬間それを星空に向かって投げる。すると不思議なことに、その青い砂はたちまち消えてしまう。下に落ちたわけでもなく、風に流されたわけでもない。第一に風は今止んでいる。
「お、お前! 今なにをして?」
「大丈夫、大丈夫」
次に黄色のキラキラした金平糖のようなものも星空に向かって投げた。そのまま消える金平糖。
最後の小瓶の中身は手のひらの上に出すとふっと軽く息を吹きかけて終わった。
クロードには何が何だか分からなかった。
「よし、これで終わり。ありがとね、クロード」
「ちゃんと説明してくれ、セオ。今一体なにをしたんだ」
「ああ、それね。クロードは、ぼくの仕事なんだと思ってる?」
「え、あ、あれだろ? 物書きじゃないのか?」
「まあ、それも間違ってはいないんだけど。趣味で色も作ってるんだよ。この世界のいろんな色をね。今回は、七月の風の色を作ってたんだ」
「?」
わけがわからないと言う顔をしているクロード。
「お、お前。魔法が使えたのか?」
「まあ、独学で勉強したんだけどね。色を作るのはある人に依頼されてだよ。その人は世界に彩りをっていってぼくに依頼してくれたんだ」
「そ、そうなのか」
「まあ、一仕事終えたし、どこか行かない?」
「そうだな。じゃあ、いつものあの飲み屋にしよう。俺はお前にしたい話がたくさんあるんだ。あとその色の作り方ってやつ、面白そうだから教えてくれ」
「いいよ。なんか、クロードと飲むの久しぶりだから楽しみだなー」
セオは満点の星空も曇らすほど輝く笑顔を浮かべた。そして、二人は星空の下で朝まで語り合うのだった。
七月の風の色には一つの願いがある。それは、友達とたくさん笑いあえますように。
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