カフェベーカリーへようこそ

XX世紀、この時代には人間と動物のハーフが生まれるようになった。

といっても、容姿は人間の姿に動物の耳と尻尾が生えただけなのだが。

これは、そんな時代に社員とアルバイトのたった四人で経営しているとあるカフェベーカリーの話__________

♢♢♢

 どうも、神宮寺あやです。高校二年生で部活には入ってません。その代わりといってはなんですが、カフェベーカリーでアルバイトをしています。そこにはもう一人アルバイトがいるのですが、その方が私の癒しなんです。

「こんにちは〜!」

「淳さん、こんにちは」

「あやちゃん! テストは大丈夫だった?」

「はい。お陰様で」

 この方は中橋淳さん。最近急増し始めた、動物と人間のハーフ。その中でも彼は、ウサギとのハーフである。淳さんは高校生の私をいつも気にかけてくれるが、小型動物とのハーフの人は、生涯で身長が百十〜百三十センチくらいしか伸びない。

 こう見えて偏差値が高くて有名な某大学に在学してるらしい。私は月に二度くらい勉強を見てもらっているが、その教え方は高校の先生なんかよりずっといい。

「んふふ、それは良かった!」

 ニコニコ笑う彼は年上だが、なでなでしてあげたい衝動に駆られる。毎日丁寧に手入れをしているであろう綺麗な毛並みのうさ耳は、髪の茶色と同じでとっても綺麗。だから毎回この衝動が出てくる。抑えとくように気をつけないと淳さんに変態だと思われたくないし。

「そーいえばあやちゃん、店長さんは?」

「中にいらっしゃいます」

「そっか!」

「今度は何作ってきたんですか?」

淳さんは週に一回手作りの料理を持ってきてくれる。そのお菓子はどれもこれもお店に並んでるレベルで美味しい。実際、淳さんが作ったメニューが美味しすぎて店頭に並んだこともある。

「店長さんが甘いケーキが食べたいっていうからチョコケーキ作ってきた! あ、あやちゃんの分はお豆腐で作ったからヘルシーだよ!」

「ありがとうございます」

女子にこんな気遣いができてしまう淳さんは、店長に溺愛されている。並みの溺愛レベルじゃないけれど。

「淳ー!」

「わぁっ! 店長さん! こんにちは!」

「よっ! そして今日も君は頭からつま先まで一段と可愛いね!」

「あの、褒めても少ししか出ませんよ?」

 この人が噂の店長、桐谷照さん。毎回淳さんに抱きついてから頭をなでなでしまくったあげく、さらに強くぎゅーっと抱きしめることは日常茶飯事。淳さんは毎日のようにヒョイと抱き上げられています。

「今日は何を作ってきてくれたんだい?」

「前に甘いケーキが食べたいって言ってらしたんで、チョコケーキを作ってきました! お口に合えばいいんですけど

「淳が作ってくれたのならなんでも口に合うさ! お、あやも来てたのか。二人とも今日もよろしくな!」

「はーい!」

「こちらこそ」

 実はここ、住宅街の真ん中らへんにある。そのためお客さんがたくさんやって来る。お陰様でこの地区の運動会のパン食い競争などに、ウチのパンが使われたりすることも。

 そしてもう一つの特徴が、ここはランチ営業しないっていうとこ。ランチ営業した方が稼げそうだけど、店長がもともと趣味で始めたお店だし、私たちアルバイトや店員を疲れさせるわけにはいかないからっていうのが理由。そのため午前は九時から十二時まで、休憩を挟んで午後は二時から六時までという時間設定なのだ。

「よし、そろそろ開くか!」

「店長、崇仁さんがまだ来てません」

「崇仁が? 朝はいたんだけどな

「すいませーん! 道に迷ってたご老人助けてて戻るの遅くなりましたー! すぐ準備するんで、始めといてくださいー!」

 今返事をしたのが、ここの唯一正式な店員の濱野崇仁さん。めちゃめちゃ優しい方で、仏の崇さんなんて呼ばれてたりする。

だとさ。よっし! 開店するか! 淳、表の看板変えてきて!」

「了解ですー! あやちゃん、お手伝いしてもらえる?」

「はーい」

 表の看板は淳さんだと届きにくいい位置にある。だから彼が頼まれた時は私が抱き上げてあげるんだけど、店長はショーウィンドウの中からその様子をわざわざ動画に撮っている。よほど淳さんの可愛いところ逃したくないんだなぁ

♢♢♢

 開店してから三十分、今日もたくさんのお客さんで賑わっていた。中には常連さんもチラホラ。

「あやねーちゃん!」

「あやちゃん!」

「あら、太陽くんに智子ちゃん。どうしたの?」

 この二人も常連さん。小学生の太陽くんとその双子の妹の智子ちゃん。この二人は性格は正反対なのにめちゃくちゃ仲が良くて、喧嘩してるとこなんて見たことがない。そして二人も私と同じように、淳さんに勉強を教えてもらってる。

「今日は何買いに来たの?」

「今日はねー、パパとママとぼくとともこのパン買いに来たの!」

「明日の朝ごはんになるの!」

「朝ごはんねこの辺とかどうかしら?」

 私が差し出したのは、ジャムとホイップクリームが入ったパンと大きめのメロンパン。この二人は甘いものが好きだから、いつもこういうのを勧める。

「ぼくたちそれがいい! 後は、パパとママの!」

「パパはそそうざいのパン、ママはおかしのパンがいいって!」

「わかったわ。残ってるお金はいくらくらい?」

 太陽くんが首からかけてるがま口財布をあけて計算してるけど、算数が苦手な太陽くんは考えては首をひねってる。横から智子ちゃんも覗いて頑張って計算してる。

「う〜んむずい

「五百円玉が一枚、百円玉が三枚、十円玉が二枚あれれ?」

「何してるの〜?」

 厨房の仕事が落ち着いたらしい淳さんがひょこっと顔を出す。淳さんは事情を察したらしくトコトコとお盆を持ってきて、二人をカフェスペースのテーブルまで連れて行ってお盆の上に財布の中のお金を出すように言った。

「これで全部だね? じゃあ一緒に数えようか! まず五百円玉が?」

「一枚! 百円玉が三枚で、十円玉が二枚で五円玉がなくて、一円玉が五枚!」

「じゃあ全部でいくら?」

「えっと五百八百八百二十五円!」

「正解! じゃあ今買おうとしてるパンは合計いくら?」

 ちょっと見てくるー! と元気に駆け出して行った太陽くんと智子ちゃん。淳さんは満足そうにニッコリ笑っていた。

「はぁ〜、やっぱ子供って可愛いね!」

「淳さんはいまだに子供とよく間違えられますけどね」

「僕のことはいいんだよ!」

 そんな話をしているうちに二人が戻ってきた。ジャムクリームパンは百二十円、メロンパンは百三十円で合計二百五十円だ。

「八百二十五円から二百五十円引いたら?」

「むむむちょっとまって

「わかった! 五百七十五円!」

「じゃあその中で買える範囲のやつを選ぼうか!」

結果、二人は百六十円の焼きそばパンと百四十円のアップルパイと二百円のサンドイッチセットを買っていた。ちゃんと計算できたご褒美として淳さんからチョコケーキを一口ずつ分けてもらって、満面の笑みを浮かべて帰って行った。

「あやねーちゃん、淳くんまたねー!」

「チョコケーキありがと〜!」

「いつでもおいでよ〜!」

 淳さんは二人を見送った後、厨房から焼きたてのパンを売り場に並べている。私はその並べられたパンの手書きPOPを焼きたての証として裏返す。裏面は焼きたてが強調されているPOPとなっている。

「あやちゃん、これ終わったら表の掃除しよっか!」

「そうですね、最近風強くて葉っぱが結構落ちてるので」

「じゃあチリトリとホウキ持ってくね!」

 ちょうど並べ終えたらしく、パタパタと走って行った。淳さんの並べ方は綺麗でしかもスピーディーだ。私も見習わなくちゃなぁ

♢♢♢

 午後五時を過ぎて客足が落ち着いてきた頃、またまた常連さんがやってきた。

「よ! 淳いるー?」

「はい、少しお待ちください淳さーん! セイさん来てますよー!」

「了解ー!」

 セイさんはオオカミとのハーフだけど、俳優やモデルとして活躍している超有名人。前にセイさんがウチのお店を馴染みの店として紹介してくださった時には、客足が異常に増えた。なんでも淳さんと同級生で、とても仲がいいんだとか。

「セイー! 久しぶりだねー!」

「淳こそ! 昔から可愛いのは変わらねーな!」

「もー、可愛いは女の子に言ってあげてって、いつも言ってるでしょ?」

 相変わらずあの二人が話してると、周りに花が咲いているように見えるんだよな高校生の時には二人のファンクラブがあったなんて話も聞くし。

「そうだ、今日は後輩連れてきたんだった」

「後輩? セイにもそんな子できたんだ!」

「そりゃ毎年新しい子が入ればな。ほら、挨拶して」

 セイさんの後ろから出てきたのは、セイさんよりも大きい普通の人間。でも手足がスラッと長くて、顔も小さくてモデル体型のイケメンなお兄さん。

「はい! 僕、セイさんの後輩のヒカルです! よろしくお願いします!」

「ヒカルくんか〜! よろしくね!」

「あ、テーブル空いてる? そこ使いたいんだけど

「空いてるよ! どうぞどうぞ〜!」

テーブルに案内すると、カフェの新しいメニュー表を書いていた崇仁さんが顔を上げた。

すると、こっちを見て驚いた顔をした。そしてヒカルさんも驚いていた。

「光!?」

「たかちゃん!?」

「え、ちょ、なんでセイくんと一緒なの!?」

「だから、スカウトされたって言ったじゃん!」

「スカウトって芸能事務所に!?」

「そうだよって、あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてない聞いてない!」

 まるで私たちがいないように話を進めていく崇仁さんとヒカルさん。淳さんやセイさんもポカンとしてその場を見てる。そこに店長がやってきた。

「おう、セイ!」

「照さん! ご無沙汰してます!」

「あっちはどうしたんだい?」

 店長、さりげなく淳さんの肩に手を置いてもう片方の手で頭をポンポンするのやめてもらっていいですか。淳さんも淳さんでそんな嬉しそうにニコニコしないでください。めちゃめちゃ可愛いですけど。

「なんか知り合いだったみたいですよ?」

「ふーん、ならちょっと安くしとくか」

「店長さん優しいですね!」

「そうだろ? 淳なら惚れてもいいんだよ?」

「店長気持ち悪いです」

「今のは同感」

 よかった思わず言ってしまった本音とセイさんが同じ意見で。店長はうなだれちゃったけど。淳さんはそんな店長を無視して崇仁さんとヒカルさんの関係を聞きにいった。

「たかくん、ヒカルくんと知り合い?」

「あ、そうそう! 近所に住んでた幼馴染!」

「たかちゃんめっちゃ優しくて人気だったよね!」

「そうだったっけか? っていうか、ついに光が芸能界デビューとはな

「俺もあのセイさんの後輩になれるなんて!」

 ヒカルさんが感動してる間に、一番奥のパーテーションを使って個室にできるテーブルにたどり着く。

「ヒカル、それは言い過ぎだろ。淳、ここ借りるぞ?」

「はいはーい!」

「注文はどうするー?」

 いつのまにか厨房に引っ込んでた店長が後ろから大声で呼びかける。淳さんがスッとメニュー表を差し出して、崇仁さんがメモとペンを持っていつでも注文を受け取れるようにスタンバイしている。ここまで綺麗な連携プレーは久々だ。

「じゃあ俺は塩クロワッサンとスープパスタのセットで」

「僕は生ハムとアボカドのサンドイッチで!」

「了解! ちょっと待ってて!」

 そう言って崇仁さんは厨房へ消えてった。きっと料理のお手伝いに行ったんだろう。淳さんはレジの方へ行って馴染みのお客さんと話してる。フレンドリーな淳さんは老若男女関わらず人気だ。

「あやさん。申し訳ないんだけど、ちょっと離れてくれるかな? 雑誌やドラマの話になっちゃうから」

「俗に言うネタバレ禁止ってやつですね。わかりました」

「助かる、ありがとう!」

「いえいえ」

 私は残ったパンをまた綺麗に並び替える。少しでも売れ残りを減らせるようにしておかないと。まあ残った分は私たちで食べたり、持って帰ったりするんだけど、その分お金は入らないわけだから。

 並び替えの作業を続けていると、仕事が終わったらしいママさん達がこぞってやってくる。ママさん達はあのパーテーションの奥にセイさんがいるなんてちっとも思ってないんだろうなと考えると、何故かほんのちょっとだけ嬉しくなった。

♢♢♢

「ありがとうございましたー」

「またおいでください!」

店内に残ったお客さんを見送って最後にパーテーションの方に声をかけようとすると、タイミングよくパーテーションが開いた。

「お、もうこんな時間か。ありがとな、淳」

「いえいえ〜。また時間あったらいつでも来てね!」

「おう! ヒカル、ここどうだった?」

「めっちゃいいです! サンドイッチも美味しかったし、雰囲気も好みですし何より、たかちゃんがいるので落ち着きます!」

「それは良かった。じゃ、俺たちそろそろ行くな?」

「あ、お代は

「あやちゃん、料理渡したついでにもらっといたから大丈夫」

 こういうとこまで気が回る淳さんは、本当にいい人だ。おまけに可愛くて無邪気でピュアで料理上手でいいところをあげたらキリがない。だからみんな淳さんに惹かれるんだろうな

「ありがとうございましたー!」

最後に二人をマネージャーの車まで送って、表の看板をCLOSEに変える。そして今日は完売となったパンのカゴやトレーを、掃除中にホコリやゴミががつかないよう一旦しまう。今日の汚れを全て落としきって綺麗にしてから、またカゴやトレーを並べる。

 厨房の片付けは店長と崇仁さんが、カフェスペースの片付けは淳さんが、ベーカリースペースの片付けは私がやることになっている。でもいつも空いた時間に少しやるから、その片付けは案外パパッと終わる。

「ふ〜! みんなお疲れ様!」

「お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様ー!」

「明日はみんな今日と同じ時間に集まってくれればいいから、じゃ、解散!」

 解散の合図があってから、エプロンを外してなるべく丁寧にしまう。明日は小テストがあるから、少し勉強しないと

「あやちゃん! チョコケーキ置いてっちゃうの?」

「あ、形が崩れないようにカバンの外に置いといたの忘れてました。すみません

「置いてかれなくてよかった! 明日感想聞かせてね!」

「はい」

「じゃ、また明日ね、バイバイ!」

「さようなら」

 淳さんはニコニコしながらお店を出て行った。淳さんはいつも嬉しそうに笑っている。だからこそ、お店の雰囲気が明るくなっている。お客さんも淳さんに会うと笑顔で帰っていく。もしかすると、淳さんは笑顔をを運んでくれる看板息子なのかもしれない。

 そんな事を考えながら、まだ少し明るい道を歩いて帰った。

END

 

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